あの作品の題名なんだっけ〜!となることが多いので紹介がてら記事にしておきます。
個人的な好み
感性がシュルレアリスムとバルビゾン派と印象派で構成されてるのでその手の作品は好んで見たりしてる。 バルビゾン派と印象派に関しては山梨県立美術館がその手の絵画に強いのでその影響をもろに受けているなと。 シュルレアリスムはベタだけど「美しい関係(1982年)」「ピレネーの城」あたりが好きです。
山梨県立美術館
これ書いている人は山梨出身なので結構な頻度で山梨県立美術館に行ってます。 文学館の方にはそこまで行けてないので帰省した時にでも行きたいな〜と思っている。
ミレー 種をまく人
山梨県立美術館を代表する絵画。
種をまく人は単純に種を撒く人を描いている絵画ではなくて、当時社会的に地位が低かった農民の力強さを農民讃歌という形で絵画に昇華したっていう文脈があるので、個人的に一番好きな絵画の一つだったりする。 この絵は全体的に暗い色を使っているしくすんだ色合いをしているのだけど、種をまくという行為は収穫という未来に向けて行うものなので、絵から受ける印象より未来的とも言えるよな〜と思ったりしている。 そういう所がこの絵を力強いものにしているのかなと。
あと山梨県立美術館には同じくミレーの「落穂拾い」も収蔵されてる。 この落穂拾いという行為は貧しい農民が行う行為で、宗教画が主流だった当時に社会的に弱い人々を題材に描くというのは異例だったらしい。 ミレーの弱者に目を向ける姿勢と暖かさが感じられてこの絵も気に入っている。
阪本トクロウ アフターイメージ
個人的にここ数年で一番衝撃を受けた作品。
コレクション展に展示されている絵画。 アクリルと雲肌麻紙という個人的には結構珍しく感じる素材を使っている。
この絵画の最たる特徴は画面の8割以上を山が占めているという大胆な構図、画面の下に続く一本道と右上の送電塔で物語性を作っているところにあると思ってる。 この風景は山梨に住んでいたら何度も目にする光景で、実際始めて見た時には猛烈な既視感を覚えた。
実物を見るとよく分かるのだけど、この絵は全体が薄らがかっている。 この淡い白が白昼夢のような印象を出していて、既視感と合わせて各々が心の中に持っている風景そのものを描いているのかな、と思ったりしている。
阪本トクロウさんはこの絵のような抽象的な風景画を描いている方なのだけど、どの作品にもこの絵が持っているような「誰かがどこかで見たような景色」を彷彿をさせる空気感を持っていて、それがとても好きなので実はひっそりとファンをやっていたりする。
深沢幸雄 憂愁市街(迷路)
この作品は銅版画を用いた作品となっている。 銅版画は素材ゆえエッジの効いた線が特徴で、銅版画を見たのは始めてだったのでその鋭くメリハリのある線が印象に残っている。
絵の内容自体については、最初に受けた印象が色合いのわりに思ったより悲しそうじゃないな、だった。 この絵は理由は上手く説明できないけど妙に惹かれるところがあって、時間をかけて消化して言語化できるようにしたいなと思ったりしている。
この絵が置かれていた部屋は銅版画の作品が集められていたのだけど、どれも個性的で時間をかけて見た記憶がある。
山下清展
特定の絵画じゃないけど思い出したので書くなど。
山下清はちぎり紙を用いた作品主に制作していて、紙をちぎって作ったとは思えない繊細かつ大胆な表現が特徴。 以前山梨県立美術館で開催されていた山下清展に行ったのだけど、幼い頃の作品から代表作である長岡の花火まで展示されていて、彼の人となりが少し垣間見えた気がした。
彼は全国を徒歩とヒッチハイクで放浪し、自宅に帰ってから作品を制作するという独特なスタイルで作品制作を行っていた。 後日家族で諏訪に訪れた際昼食を食べた蕎麦屋に山下清の名前があって、ここまで歩いてきたんだ…と少し彼との距離が近くなったのを覚えている。
東山魁夷美術館
両親が東山魁夷好きなので以前家族で訪れたことがある。
コンコルド広場の椅子
連作なので信州デジタルコモンズの検索結果URLを貼っておきます。
日本画って風景とかが多いと思うのだけど、この絵は抽象的でシュルレアリスムを感じさせる作品となっている。 日本画=風景画のイメージを持っていたのでこの絵を見た時はイメージを裏切られたなと感じたし、それゆえ強く印象に残ってる。 冒頭にも書いたように、シュルレアリスムが好きなので日本画でもこういう表現をする方がいるのか、とちょっと嬉しくなったりもした。
この作品は絵とキャプションが合わさった詩集となっていて、東山魁夷美術館では全編を見ることができる。 このキャプションも面白くて、椅子の目線でこちらに語りかけてくるような文調なので絵の世界により入りこめた記憶がある。 個人的にはコンコルド広場の椅子13が好きです。
この時は時間がなくて全部のキャプションを読みきれなかったので、画集を買って見返したいなと思ったりしている。
岡本太郎
美術館じゃなくて個人名になってしまうのだけど、好きな芸術家の一人なのであわせて書いてみる。
森の掟
なんかもう説明する言葉全部が野暮に思えてくる絵だと思っている。
岡本太郎の作品は言ってしまえばかなり暴力的だと思っていて、そのような作品は誰かにとっては毒にもなりうる作品で、でもそれは誰かにとっては薬になったり記憶に生きつづける1絵なんだなと思っている。 それゆえに誰かに何かを伝えたいという強い意思を感じるし、僕個人はそういう姿勢がとても好きだったりする。
座ることを拒否する椅子
椅子なんて誰かに座られる存在じゃん、と思っていたので存在を自己否定しようとするこの作品を見た時は衝撃を受けた。 この椅子をよく見ると別に普通に座れそうな形状をしていて、座ることを拒否するだけで椅子という枠組みからは逃れられない存在なんだなという無常観を感じる作品だなと思っている。
これってシャニマスの高山Pが話していた内容と似ているので、こういう作風そのものが好きなのかも知れない。
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